2012年7月31日火曜日

夜は涼しく

 白い桔梗が咲きました

この季節に咲くようになって何年過ぎたでしょう
季節の変わり目を感じます

 強い日差しに熱せられるデッキの上

茂った緑、次はゴーヤが収穫期

昨夜、窓を開けて寝た為か風邪気味
夜は涼しくなって来ました

松葉の焼ける匂い

 昨日は本当に暑かった

今日も強い日差しが朝からあたり暑いには違いなけれど、
木立を抜けて来る心地よい風によって救われている

木陰がうれしい

 カナヘビ しっぽの長さが特徴的


ほのかにクチナシの香り

オクラの花が咲いている
キュウリにミニトマト、ピーマン、パプリカ、シシトウ
今夏の収穫

どこからともなく松葉の焼ける匂い

夏の記憶

2012年7月23日月曜日

蝉の声

 朝日が昇る頃、先ずは虫の声
次いで鳥が騒ぎ、蝉がうるさく感じる午前8時過ぎ

9時を廻っての散歩は既に道路が暑い!のです。

 ニンジンボクが咲きました。
どうにかこの地の気候にあったみたい

 次は「お腹がすいた!」?


パプリカの葉にバッタ

2012年7月22日日曜日

土砂降り

 昨日は怖いぐらいの土砂降りの雨に遭遇しました
夕立というにはちょっと凄すぎる雨です

予定の関係から、岡山市街地と短時間で二往復
一度目は、岡山から倉敷、総社を廻っての帰宅、
さて、あと少しで二度目の岡山出発と思っていた頃
バケツをひっくり返したと表現される様な雨、雷

 車のガソリンも無くなっており、給油もしなければなりません
さて、雨も幾分おとなしくなったのをみはからって出発

冗談で、給油している時に停電したりしてなんて思いつつ、ガソリンスタンドへ
給油のスタッフが雷になんども「キャッー」というような状況

なんと、ホントに停電してしまいました
しかし、よくできているんですね。照明、事務所の明かり等は消えても
給油機のポンプ、メーターなどは生きていて無事給油終了

しぶきを上げて走る車の流れに加わりました

 雨の中、凄いスピードで走る車
とても着いて行けないと安全運転、ゆっくりと走っていると
またもや凄い雨になりました

ワイパーが役に立たない雨です


そういえば、昔、高知旅行をしたときもこんな雨に遭遇しました
まさに南国のスコールとはこういったのをいうのかもわかりません

どうにか無事に雨をやりすごし、目的地へ
先日来の雨で崩れて復旧中の箇所も途中ありますが、今回は帰りには雨も上がっており無事に帰宅出来ました



2012年7月12日木曜日

カブトムシは鳴く

 窓のあたりから何かの鳴き声がします
鳥? 虫?

部屋の中から網戸越しに動く大きな影を発見!
隣の窓から外に出て確認。
角先からお尻まで、約8センチのカブトムシでした。
こんな大きな鳴き声をするとは、、、。
(ホントの所、この音が鳴き声なのかかどうかは解りませんが、、、、)

先日は朝でしたが、窓にぶつかって飛んで行ったカブトムシがいました。
大きさはほぼ今回と同じくらい。

クワガタもいろいろいます。もちろんミヤマも。
雨の日の夜、デカイのが窓に当たると結構な音がします。

音に驚いて窓の外を見ると、、、、、。
たまには、鳥、フクロウなんてこともあるのです。

2012年7月10日火曜日

東京との違い 今はここまで


ここで暮らそうと決めた時
目にとまった木です
石と石の間に生えていたこの木に惹かれたのです

まだまだ石との間には隙間がたくさんあり、今の丁度半分くらいの太さだったと思います

ここでいっしょに暮らした年月 隙間一杯の太さになりました
はたしてこれからこの石の狭間を押し広げながら成長して行くのかどうか


ここの所のいろいろな報道

昨年の震災、放射能の事
まだ解決とはとても言えない状態の中、
次に来る何かに対する不安


ここに越して来たのは、阪神・淡路大震災の翌年でした


思えば、絵を描き続けて行く上で考えるもろもろに加え、都会で暮らし続けて行く経済的な事も考えてというのももちろんですが、

都会で暮らす事に漠然とした不安を感じての行動(転居)だったようにも思います。

地下鉄サリン事件、日常使う住宅街の駅で起きた殺傷事件、
理不尽な犯罪に巻き込まれる事
緑多い場所、変化の少なそうな場所を求めて暮らす場所を決めていたはずなのにその生活空間の変化

すでにバブルと呼ばれた狂乱は過ぎ去っていましたが、
変わって行く東京の姿でした

仕事(経済的な事)に関する不安はもちろんありましたが、どこかで心の安定を求めてといった事があったのだと思います。


 経済的には厳しさをますます感じる(本当の所は解りませんが、東京でも同じだとか、、、)ことになりましたが、いろいろな方々に助けられ、どうにか描き続けています。

求めた「時間の流れ」を変える事については、
引っ越したから変わるといった簡単なものでは無い事を知ることとなりました

気になった光の違い、色の違いにも慣れ
縁あってこの岡山の各地を回る仕事もできました

自然は変わらないようでいてどんどん変化しています
でも、、、、変わっていない。

大きな木が枯れれば、また新しい木が大きくなります。
次の準備がいつの間にか行われているのです。


古くなったら、新しくすれば良い
確かにもっともな話ではあるのですが、、、

目の前にあるこのおおきな石
はたして何時からこうしてあることやら


都会の瞬間だけを切り取ってつないでいくような面白さも魅力的です
キラキラとした旬の存在



絵を描くときの水の性質、生まれる時間というのは、平安時代も江戸時代もそして今も変わらない
この時間を手がかりにすることでどこにいても、何時の時代に生きていてもリアリティーを持った変わらない何かに触れられる様な気がしています。

いつかはこの身の終わりを迎える
使い古された言葉かも解りませんが、年齢は財産と素直に言える様な学びのあり方、生き方なんて事を思う今日この頃


いくつかの取材を受けました
この場所に暮らす事について、また暮らした事によってなにが変わったか、


確かに経済的な事とか、厳しいには違いないのですが、おもしろがって生活を続けられている様には思います。

今はここまで

2012年7月9日月曜日

東京との違い その4

 徒然に書き連ねて

我が家の家族になって14年
小さくてただかわいかったあの頃
噛み付かれて痛い思いをしたあの頃
歩くのもおぼつかなくなったこのごろ


昨年の収穫、そして冬を挟んで
今年チャレンジしたピーマンが大きくなってきました

収穫の楽しみ
毎年の繰り返し

 木々が大きくなります
毎年毎年
今年はギボシが一回り大きくなった様に感じます

変わらないようで変わって行く
繋がった何かを残しながら
今年も栗の赤ちゃんを紹介出来ました

街までの距離
人の少なさ

確かに車を運転出来なくなったら、さまざまな不便を感じることでしょう
住み続ける事が出来なくなるかもわかりません


こんな視線を持つ事が出来る
こんな時間の流れ方を受け止める事が出来る

繰り返す季を感じる事
その季とともに生きること
一方通行の流れではあるのでしょうが、
どこか「そういうもの」という心持ちになれる暮らし






2012年7月7日土曜日

東京との違い その3

 屋根の集熱ガラス
床にある空気の吹き出し口

ちょっとした映像のそんな所にも、気付く方もいらっしゃるようです

自然とともに暮らす
なるべくならエネルギーとのつきあい方、暮らし方もと考えて作りました

壁の色の「黒」は
緑の中に影として埋もれる色として


 人間がいるからこそ「自然」という言葉も生まれたわけで

環境を巡る話も
<話題のエネルギー、電気も含めて医療やトイレなどの生活環境、仕事も含めて!すべてを捨てて原始生活に皆で戻ろう>
<自然の力による死についても全て受け入れる>

というのでなければ、

現状、どのように折り合いを付けられるかのバランスについて
自分ならばと、考える事

誰かに、もしくは何かに制御、コントロールしてもらう便利さの中でつい考える事を止めてしまいがちになるのです

自分が出来る事
つきあい方を考えた行いを試みようと努力する事

エコの為のシステムがただ便利さを求める
人間が楽をする為だけのシステムと思考するのはちょっと違うと思ったりするのです

 物事の始り 理想
そして思想

エコロジーという言葉、継続可能な環境とのつきあい方
<長く使う>
<長く使えるモノ作り>
というのも大切な事でしょう。
メンテナンス面での取り組みもエコの考え方に広がりを加え繋がると思うのです

加えて言うなら自ら行なおうとする姿勢でしょうか?

この場所にと決めたのは、
シンボルと感じた木の存在、自然石のありようでした

なるべく自然を変えないように、木を切らずにと工事をお願いしましたが、
工務店の方から「表土を傷つけなければ、また森に戻ります」
と、そのおり言葉をもらいました

確かにその通りでした

自生の木の成長により再び深い森に戻りつつあります

一方、引っ越して来た時に寂しくて植えた木々が大きくなり過ぎ
住環境に影響を及ぼす程に成長して対処に苦慮したり、、、

自然も刻々と変化しているのです

続きます、、。


東京との違い その2

 昨夜から明け方の凄まじい雨 雷
記録的な値だったとか

記録的という言葉もなんだか軽くなりました

思い出せば、こちらに越して来た当初、
真横に稲妻が走るのを見て
怖いはずなのに
見とれてしまいました

近所の電柱に落ちたらしいそれ

我が家の電化製品をのきなみ修理したり、
買い替えるきっかけとなりました
 光の違い
目に入って来る色の違い
暮らす様になって色がわからなくなりました

それまで暮らしていた東京と色の感じ方が変わったようでした

人間と色にまつわるあれこれ
色彩学の授業を思い出しました

生命力と色
実感をもって考えるきっかけをもらいました

 「いいわけ」を出来ない様な条件設定

じっくりと腰を落ち着け対象と向き合う時間
単純にスケッチする時間を長くすることが出来るという以上に
日常として目にし、触れる

そのことこそが「異なる」ことだと気づかされました

水の味
空気の匂い
野菜の味
日常的に食べるもの

そんなことも「安全と安心」の違いになるのです

続きます、、。

2012年7月3日火曜日

東京との違い その1

明け方の凄い雨音
今は嘘の様に静かになり、ときおりウグイスの声が聞こえて来ます
空は灰色、まだまだこれから降るのかもわかりません
視界に緑が占める割合がどんどん多くなりました


社会一般にパソコンが普及したのは、ここ吉備高原に来てからだったと思いますが、
パソコン黎明期は、東京で暮らしていました
新製品発表の度、速度、メモリーなど容量が倍々で増え
「出来たらいいな〜」が次々に実現されるようなワクワクとした期待感とともにあったように思います
毎週のように秋葉原の街を歩き
月刊の専門誌の発売が待ち遠しかった頃です


「日本画」ってどんな絵を言うのか?
絵の善し悪しとははたして何なのか?
伝統とは具体的に何の事なのか?

描かれた対象、描く技術、描く材料、描き方
気になる絵を手がかりに捜す日々でした

多くの美術館、博物館、毎週のように開かれる展覧会、様々な催し
絵の具、筆、和紙など材料を扱う様々なお店

いくつもの大きな本屋さん
専門の古書を扱うお店

様々な人との出会いが刺激となりました
それは関わる日本画だけにとどまることではなく、コンピューター、CG、ネットワーク構築、利用、デザイン、、、、、興味は次々と広がったのです。

次から次に自分の知らないモノと出会える刺激
否応の無い刺激



実際に描いてみて試す
解らないから描いてみる

技術的なものがそこそこ実現されて来た頃、私の中で大きく膨らんで来た不満がありました

<昔の人は自然の側で暮らし、じっくりと触れ合って描いていた>

<鶏を描くのに鶏を実際に飼い、一年間にもわたって眺めて暮らした>若冲の話を持ち出すまでもなく、じっくりとそんな時間を作って描いてみたいと思い始めていたのです

東京脱出

東京を離れるにあたって先ず考えたのは
<東京の時間>の影響を受けにくい所ということでした
東京近郊、少々離れて暮らしたとしても交通手段の便利さは、否応なく<東京の時間>の要求に応えられてしまいます。昔の人と同じ様な時間を体験しないことには解らない何かの存在、自分自身に「いいわけ」の出来ないような条件設定を試みようと思った訳です

一方、ワクワクドキドキのパソコン、テクノロジとの縁は?
ネットインフラが普及し、高速な通信環境が個人で使えれば、、、、
(当時はまだパソコン通信と呼ばれた時代でした。電話回線を使ってテキストベースで通信していた頃です)自然と暮らしていても、、、、。

都合良く?そんな事を考えてのことでした(あさはかですネ^^;)

不思議な縁からここ岡山の吉備高原都市の開発を知り、土地を求め、アトリエを建てる計画を進めていた頃、阪神淡路大震災がありました

東京でもし何かあったら、、、

「安全と安心」、もちろん地震、都市災害のリスクについてや、食の安全ということもあるでしょうし、今なら放射能の影響といったことも含めて捉える事が出来るかもわかりません。

子育て、教育といったことでも考えました
東京は編集、消費の場所、そんなことを考えていたのです

また、漠然とではありましたがなんでも便利にすること、欲求の実現が贅沢なことに感じられ、この豊かさが続くはずが無いのではないか、そんなことを考えていたのです

雨がまた凄くなったようです(続きはまたあらためて)

2012年7月1日日曜日

雨の日曜日

 雨脚が強まったり、弱まったり
どちらにしても昨夜から凄い雨です

キンシバイが咲いています
漢字で書くと、「金糸梅」とか

梅の花に似ているからの命名だそうですが、(比べると)かなり花は大きく葉も違い
ちょっとどうかな〜?と思う所です

梅の名つながり
ロウバイの実がたくさん今年も着きました

こちらロウバイ科ロウバイ属とか