2012年12月16日日曜日

演ずること


何年か前、岡山市街地に向かう車中で聞いたラジオ番組
ゲストは平田オリザさんでした

大学医学部の学生を対象とした授業での話が印象に残ったことを覚えています

確か「身近な人の死を体験せず医者になること」を、問題と思う気持ちに対して、<だからといって医学部の学生に「体験してから来い」というのは違うだろう、また、今という時代が、成長する過程で、なかなかそういったことに出会う機会も少なくなった社会なのだから、積極的に演ずること、その機会を設ける事によって、抱く気持ち、感覚をシミュレーションし、感じ取っていく必要がある。>といった内容だったように思います。

うろ覚えをそのまま書くのもと思い、ネット検索を今したところですが、「コミュニケーション教育」という呼び方でいろいろなところで話されている内容なんですね。


今回、タイトルを「演ずること」にして書き始めようと思ったのは、友人のブログで平田オリザさんの芝居について、彼の思うことが書かれていたから。

それ以外にも亡くなった勘三郎さん、松田優作さんの話などもあり、ここのところ彼の書く演劇についての話が頭の中に残っていたからなのです。

しかし、なかなか話の着地点、自分が何を書こうとしているのかわからないまま、こうして書きだしてしまいました。安直に自分の思っていることに結びつけるだけというのは避けたいですし、、。


平田オリザさんに関する検索を続けるうち
ネットの画像他で見られるあの風貌からは想像もつかない、戦略的な一面を感じたり、、、、、

そして、
平田オリザ講演会『コミュニケーション教育に役立つ演劇ワークショップ』
平成22年7月27日:熊本県立劇場 演劇ホール
というPDFにたどり着きました。


「教育」「コミュニケーション」「シミュレーション」「社会」「言語」「意識化」「能力」「多様性」「生物」そして「地方」「文化の自己決定能力」「格差」、、、、キーとなりそうな単語を並べるだけでもなんとも「今」っぽいです。


「伝える気持ちを持たせる教育」という言葉にグッときました。

「学びのモチベーションを持続する」というあたりも。


いろいろ確かにと思う反面、なんでも演劇に結びつけるのは、、、そして、「エリート」有名大学、大学卒業後と来て、「政治」、ちょっと、、、、とも(私が甘ちゃんなだけなんですが、、)思いましたが、


役割を演じ、その時々を生きて行く事

こうして文字にしてしまうと、なんともあたりまえの演劇用語ぽいそれでしかなくなりそうですが、なんだか自分の中でこの言葉が広がっているのを感じています。

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