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12月, 2025の投稿を表示しています

寒い夜 夜ふかし。

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 ふと外気温計を見ればマイナス表示。室内にいても寒く感じるはずだ。そういえば、暗くなり車をガレージ屋根の下にと動かした時にはフロントガラスが凍りかけていた。今夜はこのままもっと冷えそうだ。 91歳、筒井康隆さんが自伝を刊行したという記事を新聞で読んだ。その最後の方で<(引用)人工知能(AI)に「文学は生み出せない」と断言する。なぜなら「小説家になってやろうという願望が無いですからね。」(引用終わり)>と、あった。余計な言葉がないからか、妙に納得出来ると思った。一方、「小説家になりたい」とはどういう心持ちなのだろうとも思った。 少し前の新聞で”誰もがマジョリティー(多数派)であるほかはない”という文章が気になった。なぜならマイノリティー(少数派)は、主体になれないからということのようだ。当たり前のことが書かれているようにも思ったが、最初の「誰もが」という部分が気になり、文章を読み直すことにした。 お題となっていたのは「公共訴訟が問うもの」とのこと。<マイノリティー性を持つ当事者として意義を申し立てて社会変革を訴える場面はあっても、それは一時的にその該当する問題についての役割を担っているのであって、それが原告の人間性全てではなく、一部分に過ぎない。><通常多くの事柄についてはマジョリティーの中にいて、該当するその場面では、マジョリティーを新たなものに変化させる「媒体」の役目を果たしている>とのことのようだ。通常は、原告もマジョリティーとして応分の責任を引き受ける必要がある。だから、「誰もが」になるようだ。さて、私のこの文章理解が正しいのかどうか。 紙の新聞だからこそ目を止めたように思う記事ふたつ。 日本画の画材は不自由だと思っている人が多いらしい。そんな話を聞く。長くやっていると不自由さの克服が楽しみにかわるということだ。しかし私は不自由だと感じたことがない。そういうものだと思うから。だからといって最初からなんでも思い通りに出来たかというとそういうわけでもない。「こうしたい」と思う何かが自分の中に生まれれば、それに取り組んだ。時間がかかった事もあったが、次第に出来るようになり、結果、思うように出来ると嬉しいという体験が繰り返された。そもそもどのようにあるべきだといったイメージも無かったのだから当たり前か・・・。繰り返す画材とのやり取りの中に面白さとの出会い、奥行...

風 落葉

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窓から見えるコナラの木、葉をほとんど落としました。しばらく前は、どんぐりの実が落ちた音に驚かされましたが、気がつけば、いつの間にか聞くことがなくなっていました。 様々な落葉が重なって複雑な色の響きを作っています。駆け抜ける風とは裏腹に不思議と温かに感じる地面です。 今年も残すところあと10日。だからといって生活が大きく変わるわけではありませんが。 中古CDを2枚購入 フォーレのレクイエム 指揮ミシェル・コラボ もう一枚はフォーレ・ピアノ五重奏曲第二番 ピアノはジェルメーヌ・ティッサン=ヴァランタン 昔々、聞いたことのある言葉の連なり、たくさんの段ボール箱の中、並ぶCD、流して見ているとふと目に止まったのです。これも縁。

岡山城 うきたひでいえ OOA定例会

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 12月2日、OOA 岡山県旅館ホテル生活衛生協同組合さんの定例会にお招きいただきました。RSK 能楽堂ホールtenjin9を会場として開かれたことから、鏡の松を描いた画家ということで「和様に倣う」と題して、日本の価値観継承について私の取り組みについてをお話しさせていただいたのです。ワークショップを通じての体験の提供といった話などもさせていただきました。楽しんで、また興味を持っていただけたとしたら嬉しい限りです。 さて、昼食後、参加者みなさんと共に岡山城見学をしました。案内は、岡山おもてなし武将隊のうきたひでいえさんです。約10kg!の鎧兜をつけ、tenjin9から岡山城へとゆかりのポイントを巡りながらご案内くださいました。 岡山に住んでいてもめったに歩かないコースです。こんなものが目に入ったり。 鎧兜をつけたうけたひでいえ氏の先導行列は、インバウンドの方々の目にとまり、カメラを向けられること度々でした。 大人になってのこうした見学!、また違う興味をもって新鮮に聴くことが出来ました。 石垣の色の違いに示されているのは何か!。そんな話もこの年齢になるとまた違って聞こえてきます。 岡山城内に久々に入りました。綺麗に整備された内部です。展示物、導線もしっかりと出来ていました。 天守閣からの金の鯱越しに後楽園を望みました。この方角の先、山のずっと向こうにある吉備高原。 12月らしいのかどうか?紅葉がきれいな我が家近辺です。昨日朝は一面の霧に包まれました。